「真壁一騎さん、適齢期前ですが僕と結婚してください」
「…な、そ……ぇ?」
信じられないと、目を見開く一騎の左手にそっと指輪をはめた。
シンプルなもの。それは前に乙姫に預けた両親のものと酷く似ていて。
「俺で…いいのか?」
「こんなに人を好きになるのは後にも先にも一騎だけだ」
「…っ総士!」
耐えきれずにその肩に抱きついた。
「…で、答えを貰えないか?もうはめてしまったが」
「あっごめん、…その、はいっ喜んで!!」
「ありがとう…僕にもはめてくれないか?」
少し大きめの同じ物を手渡した。
「こんな俺だけど…よろしくお願いします」
目に涙を溜めてはめてくれた。
こんな指輪だけではままごとかもしれないが、僕は形式美を尊重したかった。
何か物的な、確実な証拠が欲しかった。
「僕は、何時までも一騎の傍に」
「…俺も傍に…」
そのまま、口付けた。
始めて触れたその唇は、少しかさついていたが、とても柔らかかった。
だから離したくなくてずっと塞いでいたかったが、すぐに苦しくなった一騎が胸を軽く叩いた。
名残惜しくも糸を引きながら離してやると、肩で息をしていた。
「無理をさせてすまない…」
「いや…嬉しかった……」
「次に産まれたら、続きをさせてくれるか?」
「え?」
きょとん、と話に置いて行かれた顔をしていた。
だが次第に頭が理解して、みるみるうちに顔が真っ赤に染まった。
それがどうしようもなく愛しくて。
「覚悟しといてくれ」
心が満たされるのを感じていると、気をつけていなければ聞こえない様な声で、いいよ、と言った。
夜の帳が下りた。
空には冷たい粒子に磨かれて鮮明に輝く月があった。
僕は再び病院を訪れ、毛布で包んだ一騎を抱いて廃屋へと忍んだ。
当然の事ながら明かり差し込む月明かりだけだった。
捻った水道は、錆びた水が勢いよく出てきて、少しの間出しっぱなしにしておくとそれは透明に変わった。
病院から失敬してきたコップに水を汲み、一騎が取ってきた薬を手にした。
よく見えないので、昔の記憶の配置を頼りに、瓶ごともってきたらしい。
流石に慣れた手付きで僕と自分に薬を配分した。
ザラザラと粒が流れる音を僕は何処か客観的に聞いていた。
「こんなもんか?」
「だいたいで」
そんなもんか?とどこかで聞いた様な受け答えをして、どちらとも無く笑った。
「お別れだな…」
「僕はずっと一緒にいる」
「ありがと…俺は幸せだよ、旦那様」
「それは良かった」
こつん、と肩に寄りかかって幸せそうに目を閉じた。
まだまだ未熟な形だけの夫婦が、そこにいた。
暫くそうしていると、一騎の熱が上がってきたので急いで上体を起こした。
「大丈夫か?」
「まだ、いける…そ…し、顔、みせて…?」
顔を近づければ、息が掛かって。
堪らずまた口付けた。
「んっ…そぅ…」
これが、最期の接吻け。
少し顔色が良くなり、年甲斐も無く『せーの』で大量の薬を流し込んだ。
そうしたら、二人で手をつないで寝転んだ。
暗闇に光る二つの指輪が、月明かりに照らされていた。
「早いな…お前に会って、もう一年なんだな…」
「そう、だな」
あの頃は桜が咲いていたね。
そして其れは青く染まり。
葉を落とし。
全てが眠る冬が来た。
「あ、雪だ」
半壊の建物から見える外は、白い粉雪が降っていた。
今年最初で最後の雪の日。
君が見た、最後の季節色。