「命はみんな綺麗なんだ…一騎、お前のだって」
「おれのは、もう駄目なんだ…もう限界なんだよ…」
声が震えた。
「もう、こんなに近くにいても、総士のかおだって、よく見えない…」
一生懸命に総士にしがみ付きながらその顔を触り、確認する。
「ちゃんと…おれのまえにいてくれてるのに…ちっともこのめじゃ、みえないんだ」
「一騎……」
「ここに、いるのに…っ」
眉根にしわを寄せて、初めて彼女が泣いた。
彼女が流し、零れ落ちる雫は不謹慎ながらもとても綺麗で。
はらはらと、止めど無く流れ出す涙の瞳は何かを語っていた。
「一騎…一騎、泣かないで」
優しく撫でても、子供の様にいやいやと首を振るだけで。
「一騎、聞いて?僕はね、誰よりも一騎が好きなんだ」
これにはさすがに吃驚した様で、涙が止まったらしい。
その反応に多少の満足感を覚えながら目線を合わせた。
「一騎は僕のこと好きか?」
素直に頷いた。
「それは何で?」
好きの理由なんて、聞かれるとは微塵も思っていなかったのだろう。
「そうしが、総士だから…いつも一緒にいてくれて、なんかおちつくんだ…」
「僕もだよ。一騎が一騎だから。他に理由なんてない」
僕の言いたいことが解らないという様に首をかしげた。
「だからね、なんでも一騎にあげたいんだ…いや、共有したいんだ」
「きょう、ゆう?」
「そう。一騎と僕とで半分こ。食べ物、感情、僕が見たもの、一騎が見たいもの」
「…ッ…」
「一騎が見てるものが見たいんだ」
今更なそんな陳腐な言葉を並べたところで、時間は其れを許してはくれないけれど。
「僕だってお前がいない世界なんて寂しい。嫌だ」
「お前は……立派に生きてよ…俺の分も」
僕の袖を皺が出来るまで掴んで、到底無理なことを言う。
「一騎は僕がいなくても怖くない?」
両頬を抑えて、目を合わさせたまま頭を固定した。
「怖くない」
目を見つめたままきっぱりと言い張った。
「一騎。僕は怖い。一騎は?」
さっきの答えを聞かなかったかのようにまた繰り返した。
「………ほんとは…ッすっごく怖いよぉ…誰もいない場所に、俺だけ……」
「一緒なら、怖くないよ」
「でも…!」
「その恐怖だって半分ずつ分ければいい」
優しい目で見つめられ、とうとう声を出して泣いた。
さながら、生れ落ちた時の様に。
土曜、日曜等の休日には乙姫が度々訪れてくれて。
来てくれる度に厚みを増していく彼女の服装で、もうすぐ冬が来るのだと気付いた。
冷たい外気に晒された頬は林檎色に染まっていて。
嬉しそうにいつもこの部屋へ駆けてきてくれた。
「今日ね、芹ちゃんに一騎のこと自慢しちゃった!」
コートを掛けて来客椅子に腰掛けながら得意そうに言った。
芹ちゃんとは、乙姫の学校で一番の友達だと聞いていた。
「俺のこと?」
「うん!何でも出来て、おねえさんになるんだって言ったらいいなぁって」
「そっか」
「退院したら芹ちゃん一騎に会いたいって」
もじもじと何かを言いたそうに一騎を見ている。
「じゃあ恥ずかしくないように挨拶しないとな!何時も乙姫がお世話になってますって」
其れを汲み取って応えるように明るく目を細めた。
「うんっ!」
一騎の言葉に嬉しそうに頷いた。
その日は日が暮れるまで、その病室で笑いが絶える事は無かった。
乙姫が帰った後、また何時もの様に窓を眺めていると。
痛みが走った。
「っ…ま、まだ…待、って…おね、……がぃ…」
余りの痛みに羽織りの上着を握り締めた。
気休めに見た景色はとても殺風景になっていた。
ああ、またあの白い季節が来るんだね。
「ッ!だ、い…じょぉ、、ぶ…」
『おれは、ひとりじゃない』
言い聞かせるように頭の中で総士と乙姫を描いた。
何時の間にか、季節は一巡りしてしまうんだね。
身体はもう、思う様に自分の言うことを聞かなくなっていた。
進