窓の外では冷たい風が木の葉の色を変えて、窓を叩く。



そんな秋風に寂しさを感じて。










「一騎、身体に障る。余り窓を開けるな」

「風が…気持ちくて…」




ごめん、と軋む窓の横で君はまた笑った。





自分で食事を取ることも出来なくなり点滴は外せなくなっていた。

綺麗な液体が一定のリズムで一騎の体内に入っていく。



薬の量も大分増えた。

食事がままならないので、白湯を飲まされていたが、一騎あれが嫌いだと言った。
白湯と薬を飲み込む度に苦い、不味いと。




それらによる延命効果は、果たして本当に期待出来るものなのだろうか。


処方箋は本当に正しいのか。




日に日に衰えていく姿を見て、そう思わざるを得なかった。





だから、こんなことを言ってしまった。












「一緒に、いってあげる」

「え?」

「僕も一緒に一騎と死んであげる。だから寂しくなんか無い」



一瞬、耳を疑った。
とうとう聴覚までが来たのかと。



「そ、ぉし?」

「大丈夫だ。家には乙姫がいる。僕の代わりに継ぐだろう」





だがそれは幻聴ではなく、紛れも無く総士の口から出た言葉だった。



「ば…ッばか!」

「一騎?」

「せっかくの兄妹なんだぞ!?そんな下らないことして乙姫や家族を悲しませるな!!」




いきなり猛り噛みついてくる一騎に気圧されながらも言い返す。



「な…くだらなくない!」

「くだらないよ!俺はその気持ちだけで十分嬉しいんだよ…お前には、守っていくべき人達がいるだろ!」

「でも僕はお前も守りたいんだ!」

「俺はな…総士のその言葉だけで凄く救われてるんだ……





―だから、頼むから俺なんかの為にその綺麗な命を無駄にしないで…」





あの小さな子は、お前までいなくなってしまったら、また泣いてしまう。


乙姫を、守って。





苦しそうに紡がれたその言葉が終わる前に抱きしめた。







「命はみんな綺麗なんだ…一騎、お前のだって」

「おれのは、もう駄目なんだ…もう限界なんだよ…」




声が震えた。



「もう、こんなに近くにいても、総士のかおだって、よく見えない…」



一生懸命に総士にしがみ付きながらその顔を触り、確認する。



「ちゃんと…おれのまえにいてくれてるのに…ちっともこのめじゃ、みえないんだ」

「一騎……」

「ここに、いるのに…っ」




眉根にしわを寄せて、初めて彼女が泣いた。

彼女が流し、零れ落ちる雫は不謹慎ながらもとても綺麗で。
はらはらと、止めど無く流れ出す涙の瞳は何かを語っていた。




「一騎…一騎、泣かないで」



優しく撫でても、子供の様にいやいやと首を振るだけで。



「一騎、聞いて?僕はね、誰よりも一騎が好きなんだ」



これにはさすがに吃驚した様で、涙が止まったらしい。
その反応に多少の満足感を覚えながら目線を合わせた。



「一騎は僕のこと好きか?」


素直に頷いた。



「それは何で?」



好きの理由なんて、聞かれるとは微塵も思っていなかったのだろう。



「そうしが、総士だから…いつも一緒にいてくれて、なんかおちつくんだ…」

「僕もだよ。一騎が一騎だから。他に理由なんてない」



僕の言いたいことが解らないという様に首をかしげた。



「だからね、なんでも一騎にあげたいんだ…いや、共有したいんだ」

「きょう、ゆう?」

「そう。一騎と僕とで半分こ。食べ物、感情、僕が見たもの、一騎が見たいもの」

「…ッ…」

「一騎が見てるものが見たいんだ」



今更なそんな陳腐な言葉を並べたところで、時間は其れを許してはくれないけれど。



「僕だってお前がいない世界なんて寂しい。嫌だ」

「お前は……立派に生きてよ…俺の分も」



僕の袖を皺が出来るまで掴んで、到底無理なことを言う。



「一騎は僕がいなくても怖くない?」



両頬を抑えて、目を合わさせたまま頭を固定した。


「怖くない」


目を見つめたままきっぱりと言い張った。



「一騎。僕は怖い。一騎は?」


さっきの答えを聞かなかったかのようにまた繰り返した。








「………ほんとは…ッすっごく怖いよぉ…誰もいない場所に、俺だけ……」

「一緒なら、怖くないよ」

「でも…!」

「その恐怖だって半分ずつ分ければいい」




優しい目で見つめられ、とうとう声を出して泣いた。


さながら、生れ落ちた時の様に。













土曜、日曜等の休日には乙姫が度々訪れてくれて。

来てくれる度に厚みを増していく彼女の服装で、もうすぐ冬が来るのだと気付いた。


冷たい外気に晒された頬は林檎色に染まっていて。

嬉しそうにいつもこの部屋へ駆けてきてくれた。



「今日ね、芹ちゃんに一騎のこと自慢しちゃった!」



コートを掛けて来客椅子に腰掛けながら得意そうに言った。

芹ちゃんとは、乙姫の学校で一番の友達だと聞いていた。



「俺のこと?」

「うん!何でも出来て、おねえさんになるんだって言ったらいいなぁって」

「そっか」

「退院したら芹ちゃん一騎に会いたいって」



もじもじと何かを言いたそうに一騎を見ている。



「じゃあ恥ずかしくないように挨拶しないとな!何時も乙姫がお世話になってますって」



其れを汲み取って応えるように明るく目を細めた。



「うんっ!」


一騎の言葉に嬉しそうに頷いた。



その日は日が暮れるまで、その病室で笑いが絶える事は無かった。




乙姫が帰った後、また何時もの様に窓を眺めていると。



痛みが走った。

「っ…ま、まだ…待、って…おね、……がぃ…」


余りの痛みに羽織りの上着を握り締めた。








気休めに見た景色はとても殺風景になっていた。























ああ、またあの白い季節が来るんだね。














「ッ!だ、い…じょぉ、、ぶ…」








『おれは、ひとりじゃない』









言い聞かせるように頭の中で総士と乙姫を描いた。
































何時の間にか、季節は一巡りしてしまうんだね。

































身体はもう、思う様に自分の言うことを聞かなくなっていた。