話せたことが自分でも驚く程に嬉しくて。
次の日から、幾度と足を運ぶようになった。
色々な他愛も無い話しをした。
窓際から見る景色、外の景色、夕べの夕食、家族の話、病の話、薬の苦さ。
聞けば、一騎はもともと身体が弱く心の臓の病が発熱を起こし、その熱で視神経を侵されたのだという。
つまりは、目がよく見えないのだそうだ。
感染性はないものの何時も暗がりで、近くに寄れば幾許かは見えるが、少し離れれば其れが何か認識出来ない。
もうすぐ手術を迎えるそうだが、成功率は半分にも満たない37%だという。
この時代、合併症自体の前例も少なく、治療法は殆ど無く。
特に眼球等の前例は皆無、それらは不治の病と称されていた。
たった二人きりの肉親である父親も、先の戦争に借り出されたのだと言った。
終戦を知らせる電報で、父の殉職を知ったらしい。
どうして人と人が戦うのか、といつも気丈に振舞っている彼女が、その時だけは泣きそうになっていた。
だからもしこの目が治ったとしても駄目だったとしても、帰るべき家には誰も待っていないから、どっちでもいいのだと。
どうせ自分一人の身だから、ずっとこのままここで桜を見ているのも悪くないと。
どこか吹っ切れたように言うから、僕の方がとても悲しくなった。
嗚呼、この子は忘れてしまったのだ。
いや、その寂しさから押し殺して隠してしまったのかもしれない。
暖かい日常を。
「一騎、」
「なんだ?」
「僕が…僕が一騎の目になる」
「は?」
「僕が、一騎に色をあげる」
もう、伝えたいことが巧く伝わらずに、自分でも何がいいたいのか解らなくなってきた。
「妹が数日入院することになっている。会ってくれないか?」
「総士の妹さん?」
「ああ、名を乙姫という」
「うん、会いたい!」
僕が偶然この部屋を通るまで、誰も面会には来なかったのだろう。
一騎はとても嬉しそうに喜んでくれた。
翌日、検査入院中の妹を一騎の病室へと連れてきた。
「はじめまして!皆城乙姫です」
「はじめまして、真壁一騎です」
お互い、これでもかと言うほど深々と頭を下げて挨拶をしていた。
同時に顔を上げて、どちらともなくぷ、と笑った。
「一騎は今いくつなの?」
「俺は…17、かな?」
「えー、そんな曖昧なの?」
可笑しそうに無邪気に笑い合う二人に、僕はほっとしていた。
「乙姫は?」
「あたしは10歳!で、総士が19歳だよ」
「10かぁ…えっ…総士って19なのか!」
「いくつだと思ってたの?」
「てっきり同い年かちょっと下かなぁって」
困った様にこれ、内緒な!と頼んでいた。
そろそろ入るか、と汲みに行った花瓶の水を零さないように持ち直した。
「誰に内緒なんだ?」
「あ、そーし!」
「おかえり」
「ただいま。で、僕がなんだって?」
意地悪く聞けば。
「秘密だもんねー」
「内緒は秘密だよな」
ねー、と早くも息の合ったところを見せられた。
ふ、と目元が緩まったのが自分でも解った。
乙姫を連れてきて、良かった。
それから退院までの毎日、乙姫は一騎の病室に遊びに来た。
それはまるで、本当の姉妹みたいで。
おしゃべりを楽しんだり、手先が器用な一騎に髪を結って貰っていたり、折り紙を教わっていたり
こんなに懐くなんて思っていなかったので本当に安心した。
そして今日、乙姫は退院を迎える。
僕は乙姫の荷物を纏めて、医者に話を聞きに行っていた。
「乙姫、退院おめでとう」
「ありがとう、一騎」
「?どうした、元気ないな」
晴れての退院というのに、何故か乙姫の表情は曇っていた。
「一騎はいつ退院できるの?」
無邪気さが、今は眩しすぎて。
「うーん…まだ解んないんだ…もうちょっとかもしれないし、まだかかるかも」
曖昧に笑って、俺のこと心配してくれてありがとう、とその小さな頭を軽く撫でた。
すると、顔をくしゃくしゃにして一騎の真っ白な布団を握った。
「一騎も今退院しようよ…」
「え?」
「あたし父様と母様にお願いする!一騎と離れたくないッ」
「つ、乙姫?」
「家で暮らそうよ…お願いだよ…」
父様母様と聞いて、一度だけ皆城夫妻と会ったことを思い出した。
この兄妹同様、とても優しく接してくれた。
聞けば皆城家はかなりの良家で、こんな不随者があると知れたらと、その結果位、一騎にも予想は立つ。
自分が何の利益も齎さないことは明白である。
だから、自ら関わりを自粛することがせめてもの出来ることだと思った。
まだ小さい子特有のあどけない声で泣きじゃくる乙姫に、嬉しくなりながらも手招いた。
ベッドから出れない一騎の上にちょこん、と座った。
「ありがとうな、乙姫。でもな、俺のこの身体じゃ病院から出られないんだ…」
「そんなの…いやだよぉ…」
「乙姫…」
「一緒に外に出て…いっぱい遊ぼうよ…」
きっとこの賢い子は覚えていてくれたのだ。
もう一度、あの大地を駆けて、草や木、風の匂いを嗅ぎたいと
表情を変えるあの空が見たいと、漏らしたことを。
いつもの発作ではない胸が締め付けられた様な感覚になり、思わず乙姫をその胸に抱いた。
「一騎も一緒じゃなきゃやだよぉ…」
抱きしめられた一騎の優しい匂いに、乙姫はぎゅっとしがみ付いた。
「一騎ぃ…っ」
「優しい子だな…俺の自慢だ…」
「どうして一騎なの?もっと一緒にいたいよぉ…」
進