「ねぇねぇお兄さん」
仕事帰りの華やいだ街を歩いていると、突然声をかけられた。
「…俺?」
「うん。お兄さん今、暇?」
あからさまな誘い文句に俺は溜息を吐きながら振り向いた。
「……。」
振り返って見たその容姿は、俺のポイントにクリーンヒットした。
よく抄いたボブっぽい真っ黒な髪に、何よりそれが映える雪の様な白肌とさくらんぼ色の唇。
そして仕上げにくりんとした大きな琥珀色の瞳が俺を見上げていた。
可愛らしいセーラー服からのぞく足が、なんとも眩しい。
「お兄さん格好良いから、俺…サービスするよ?」
前金だけど…と恥じらいながら言う彼女に俺は。
「行こうか」
即答した。
財布から手に取った適当な金額を手渡してさりげなく抱いた肩が思いの外、細かった。
「え…こんなに貰っちゃ悪いよ…ιってかお兄さんて幾つ?」
返そうとする彼女をやんわりと止め、彼女の歩幅に合わせて歩いていると、ふと聞いて来た。
「アスランだ…呼び捨てでいいよ。年は二十六」
「えっ…もっと若いのかと思ってた…あ、俺は一騎って言うんだ。
それにしても特だよなぁ…」
流れるように言われた名前を頭に入れた。
「何が?」
「だって最初見たとき、アスランのこと絶対二十歳前後だと思ったもん」
「はは、それは嬉しいな」
「…あんま信じてないだろ…本当だからな?」
「はいはい…一騎は二十だと思って声をかけたのが26だったけど、いいのか?」
「…他のおっさんだったら嫌だけど、アスランはカッコイイし綺麗だからいい」
…父上、母上。貴方方の息子は世界はこんなにも愛で満たされていると思える程、成長しました。
「お世辞を言っても何も出ないぞ」
だが決してこの舞い上がっている自分を悟られてはいけない。
微笑みながらあくまでクールに。
「本当だって!だって俺…前からアスランのこと……見てたもん」
…俺、前からアスランのこと見てたもん…みてたもん…たもん…もん…(エンドレスリピート)
「え‥‥」
「気持ち悪いこと言ってごめん…でもアスランよくここ、通るだろ?その‥‥ずっと気になってたんだ…」
全く気付かなかった…勿体ない…じゃなくて!
「結構みんな…アスランに振り向いてるんだよ?」
「知らなかったな…」
なんてことだ……早くも両思いじゃないか。(気が早い)
「そういえば一騎は…幾つだ?」
「俺?俺は十七だよ」
「じゅ…!?」
しまった…計算外だ……確かに制服を着てたから若いとは思っていたが。
…手を出したら犯罪じゃないか…!
「若いのにこんなこと…何か困ってるのか?」
「…俺がこんな子供だから…興味がなくなった?」
急に態度を変えた俺に悲しそうに呟いた。
「いや、(それは決してないが)もし困ってることがあれば、俺では助けにならないかな?」
悲しそうにうつむく一騎に手を伸ばそうとすると。
「……っごめんなさいっ」
といって彼女は…否、一騎は走り出した…。
「……。え?いや、……って、…ぇえ!?」
一騎はか弱そうな外見とは裏腹に、短いスカートを翻しながら物凄い早さで駆けていった。
アスランは五秒程呆気に取られたが、一騎を追い掛けた。
「金払ったんだから触る位は…!」
と訳の解らない自論を唱えながら。
一方その頃一騎は。
「っはぁ…っ久々に…全力…っぁー」
もう無理、と言いながら公園のベンチに倒れ込んだ。
「…悪いことしちゃったな…あんなにかっこいい人だったけど…」
でもこれも乙姫の為だ…!と目を閉じた。
瞬間。
ヒヤッとしたものが日照った頬に触れた。
「――っっ!?」
余りの驚きに後ろを振り返ると、缶ジュースを持ったアスランが息一つ乱さずに微笑んでいた。
「えっ、な…なんで…」
俺、足には結構自信あったのに…顔にはそう出ていた。
「あぁ、確かに早かったよ、一騎」
読まれてる!?と焦る一騎に持っていた缶を手渡した。
「あ…ありがとう…」
これを買う余裕さえあるアスランに謎は益々深まった。
「どういたしまして。さっきから何でここにいるのかって顔してるな」
素直に頷く一騎に苦笑した。
「俺は昔軍にいたから…走るのは苦手じゃないんだ。この辺の地図も頭に入っているし」
そう告げるアスランに諦めたのか少しの沈黙の後、一騎は自分の財布を差し出した。
「ごめんなさい!謝って許されることじゃないけど…全部返しますからっ」
そう言ってまた逃げ出そうとした一騎の腕を瞬時に捕らえた。
「そんなに逃げなくてもいいだろ…別に警察に言うつもりもないし」
言っても俺のが罪重いだろうし、とは敢えて口には出さず、その代わり、と続けた。
「どうしてこんなことをしてるんだ?」
なかなか喋らない一騎に、これも返しとくよと財布を膝の上に置いた。
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