「総士。悪いが数日家を空けるぞ」
今回は珍しくも、前置きがあった。
「はぁ」
「友人と出張でな…真壁を知っているだろ?彼の息子を家で預かることにしたから、世話等任せたぞ」
なんとこの親父は預かる張本人の了承も取らずに返事をしたのか。
「そんな勝手な…」
「まあそう言うな。お前も一騎くんのあの可愛さを見たら文句も引っ込むぞ」
会話と平行でさっきから庭でせっせと何かを磨いている。
スーツで。
「はぁ…解りましたよ。幾つの子なんです」
「来年小学校に上がるそうだ」
ということは今は保育園の年長か。
自慢じゃないが、子供は苦手だ。
そして多分…否、絶対に子供の方も僕みたいな人間といても面白くないだろう。
それは、はっきりと自負していること。
煩いだけで一緒に居てなんの得もない。
それが、僕の全ての子供に対する印象だ。
はっきり言って、気が重い。
しかし、もう(父親が勝手に)返事をしてしまた以上、今更覆すことも出来まい。
不承不承に了承した。
「そこいらの子供なんかとは比じゃないぞ」
「はいはい」
「ちゃんと大切に持成すんだぞ」
「解ってますよ」
「家の物は何でも使え。足りなかったら購入してもいい」
なんと甘いことか。
「解りましたよ。で、何時来るんです?」
額に汗して椅子磨きに勤しむ父を見下ろして言った。
「もう時期だと思うんだが…そこで待っててくれ」
そう言われてリビングで待っていると、暫くしてチャイムが鳴った。
「総士、悪いが出てくれ」
「‥‥はい」
自分の客なのだから自分で開けろと言いたいところだったが、まだ一騎くんとやらの為に僕が昔使っていた子供用の椅子を最後の仕上げで拭いていたので黙っておいた。
いい加減、もう新品同様なのに。
後で腰が痛くなるだろう‥‥そのときは陰で笑ってやる。
「どちら様ですか?」
「すいません、真壁です」
「ちょっとお待ち下さい‥‥」
噂の一騎くんの登場だ。
一体どんな子か。
僕はロックとチェーンを外し、相手を迎え入れた。
「こんにちは」
「こんにちは、総士くん。少し見ない間に大きくなったね」
定番の会話をしつつ、僕は一騎くんを探した。
長身の史彦さんより、ずい、と目線を下にずらせば足下から何かがはみ出ていた。
少し訝しむ僕に気付いたのか文彦さんが頭らしきものを撫でて前に出て来る様促した。
「一騎、前に出なさい」
父の言葉にもまだ抵抗があるのか少し渋っていた。
「すまないな。一騎に君のことを話したら珍しく興味を示したんだが‥‥如何せん人見知りなんでな」
「いえ‥‥一騎くん?」
僕が彼の名前を呼ぶと肩がビクリ、とはねた。
それが可笑しくて、僕は表情を緩め話しを続けた。
「一騎くん、とりあえず出ておいでよ?」
表情は緩めたまま屈んで、おいでと手をだした。
すると文彦さんの足からヒョコ、と顔を出し、僕を確認するとおずおずと出てきた。
僕の手元に来た一騎くんはまだ幾分緊張しているようだった。
「はじめまして、一騎くん」
「‥‥はじめまして‥‥」
挨拶を交わすとやっと少しは緊張が解けたのか、始めて笑顔を見せた。
漸く一騎くんの顔を見られたが、情けないことに僕は笑顔のままフリーズしてしまった。
‥‥それは所謂一目惚れというやつで。
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