定番のチャイムが授業の終わりを告げた。
体育委員である一騎はさっきまで自分達が使っていた体育用具の片付けをしなければならなかった。
「一騎君、本当に一人で平気?」
「平気だよ。俺が体力あるの、知ってるだろ?」
軽く笑って最もらしい理由を付ける。
「う〜でも…」
「そんなことより、早く戻らなくていいのか?今回は問題数は少なかったけど、難しいのがいくつかあったぞ」
「狽・え?!そんな間に合わないよぉ」
「だろ?俺は平気だから。先に戻ってちょっとでもやっといた方がいいよ」
いつもは大変だろう、と真矢も一緒に片付けてくれるのだが、今日は次の時間である数学の課題をやり忘れたらしい。
本気で泣きそうな真矢に優しく笑いかけて戻るように促した。
「じゃあお言葉に甘えて先に戻るね!手伝えなくてごめん、今度何か奢るから!」
器用にも走りながら後ろを向いて喋るという技をみせてくれる彼女に、一騎は本来自分の仕事なのだから謝ることはないのに、とまた笑いを零した。
「俺も早く片付けないと」
独り言を言いながら今日使ったハードルの回収を始めた。
「鍵は持ったし…忘れ物もないよな」
一騎の通う高校は変わっていて、更衣室が校舎内ではなく校庭にある。
なので着替え一式をこっちに持ってこなくてはならない所為か忘れ物をする生徒がたまにいて、それを確認するのも体育委員の仕事の一つだった。
鍵を閉めた所で丁度またチャイムが鳴った。
「あ…鳴っちゃった。」
鳴ってしまったものは仕方ない、と一騎は焦らずにいた。
委員会の特権というべきか少し授業に遅れることも一騎達は許されていた。
どうせ一人だし、迷惑をかける人もいないとのんびりと歩き出した。
「あー…今日は良い天気だ…」
見上げた空は気持ち良い位に快晴で。青すぎる、と一騎は一人呟いた。
「遠見は間に合ったかな?…?何だあれ」
更衣室の近くの並木の下で誰かが倒れていた。
服装から自分達の学校の生徒だと解るが、生憎一騎の位置からはそれが誰かまでは解らなかった。
「ちょっと、大丈夫ですか?って…あれ?この人…」
急いで駆け寄り顔を確認してみれば、それはこの学校の生徒会長だった。
「なんでこんなとこに…」
とりあえず一度起こそうとしたが、余りにも心地よさそうに寝ているので起こすのも可哀相に思い、タオルを手にしてその場を後にした。
「ん…」
僚はまどろんだ意識の中で額にある何かに気がついた。
「これ…?」
見るとそれは濡れたタオルだった。
きっと最初は冷たかったのだろうが、今は外気の暑さと僚の体温とで少し温くなっていた。
自分でやった覚えはないと首を傾げると視界に何かが入った。
「人?この子がやってくれたのかな」
僚は生来軽い貧血持ちで、今日の一時間目からの体育の時も途中で抜けて見学していた。
授業が終わり声をかけてくれる学友にもう少し休んでから行くと言ってそのまま眠ってしまったことを思い出した。
もう一度隣で眠る少女を見た。
あどけなく余りにも幸せそうに眠っているので、見ている僚も自分の顔が自然に緩むのがわかった。
「…君が、やってくれたの?」
問い掛けてみれば、少し笑った気がした。
「…可愛い…」
これは一目惚れってやつなのか…僚は初めての感覚に戸惑った。
それと同時に早く起きて欲しいとも。
「はやく、起きて?」
君はどんな目の色をしてるの?
君の声はどんな?
ねぇ、はやく起きて?
それから暫く飽きずに見ていると少女がみじろいだ。
―起きる、かな?
僚が見守る中、彼女がゆっくりと目を開けた。
瞼から見えた瞳は、優しい大地の色だった。