「やっぱり乙姫は凄いよなぁ」

「一騎?」



部屋で例の薬を眺めていると母の紅音の声がした。



「!?っな、何?」

「入るわよー…って何してるの?新しい遊び?」



一騎は何故か咄嗟に俯せになって腹を抑えていた。



「い、いや違うよ!えーと……そう!頭が痛かったんだ」

「…そこ、お腹よ?」

「!そう、だな……。」



余りの自分の機転のきかなさにかなりのショックを受けた。



「ところで…なに?」

「ふふ…一騎、あなた乙姫ちゃんから…貰ったでしょ」



そして恥をかいてまで隠したのにもういきなりバレていた。



「狽ヲっ!?な、何を?俺は何も貰ってないけど!?」



微妙に裏声になりながらもシラをきったが、紅音はその綺麗な顔で悪戯をする子供の様に笑った。



「あなたのその首飾り、乙姫ちゃんに貰ったでしょ。それが何だか知ってる?」

「…お守りって言ってたけど‥‥母さん何だか知ってるのか?」

「えぇ。だってそれ、母さんが昔乙姫ちゃんにあげたものだもの」



丁寧に語尾にハートマークを付けながらカミングアウトした。



「そうなのか!?え、じゃあこれはどうやって使うんだ?」

「一騎が心から助けて欲しいと思った時に解るわ」



期待の眼差しで見つめたが、どこか曖昧に済まされた気もした。



「母さん…。そういえば何か用があったんじゃないのか?」

「あっそうそう、あなた上であんまり派手なことしちゃ駄目よ?」

「解ってるよ‥‥。って…え!?何で知ってるんだ!?」

「それを貰ったってことは陸に行く為の用心でしょう?それに、一週間位前に乙姫ちゃんが私の所に千本草の茎はないかって来たの」



「へ、へぇー……そうなんだ…(もろバレじゃないか乙姫ぃー!)」



内心項垂れた。


が次の一言でそれはガッツポーズに変わった。



「母さんは別に反対はしないわ。行ってみたいと思うなら行ってきなさい」

「え?行っていいのか?」

「ふふ。父さんには秘密ね?」



悪戯に微笑む母に、一騎もまた嬉しそうに笑い返した。



「で、いつ行くの?」

「明日位に行っちゃおうと思ってたんだけど…」

「そう…。何かあったらすぐに帰ってくるのよ」

「うん…ありがとう、母さん」

「そうそう、かっこいい子がいたら即ゲットよ!」

「うん?」

「母さんの子だもの、魅力は十二分にあるんだから自信持って行ってらっしゃいな」

「はは…そうかな…」

「そうよ!イチコロよッ」



いつになく嬉しそうにガッツポーズする母。



「そういえば母さんも上に行ったことがあるのか?」



この首飾りが母のものなら、そう考えるのが妥当だと思った。



「ええ。あなた位の年の時に行ったわ」

「そうなのか!?どうだった?」

「母さんの時は1日が人間でいられる限界だっただけど…」

「そうなの?」

「まあその分たくさん行ってたんだけどね!」



どこまでも若々しい母のリアクションに一騎は一気に身体の力が抜けるのが分かった。



「そ、そう…」

「とってもいいとこよ…少なくとも、母さんが出会った人たちは皆温かかったわ」

「へぇ…」



懐かしそうに目を細める母の姿に、陸への想いが一層色濃くなった。



「陸にね、母さんのお友達がいるのよ」

「友達!?」

「ええ!母さんの一番の親友よ。鞘元気かしらね…」

「鞘さんって友達の名前?」

「そうよ」

「じゃあ俺がその人に会ったら母さんのこと、伝えとくよ!

「まあ!ほんと?」

「ああ!特徴とかはないのか?」

「いい子に育ってくれたわね…母さん感動したわ!」

「そ、そんなぁ!」

「鞘はね、髪が綺麗なハニーブロンドなの!で、瞳はヘイゼルで…ホントにお人形みたいなのよ〜」



満更でもないように照れる一騎。
だが次の瞬間にはもう鞘さんの話題に入ってしまい、ちょっとだけ悲しくなった。



面食いの母がこんなにも褒めちぎるとは、どんな美貌の持ち主だと、一騎は首を捻った。





もしかしたら、その鞘って人は本当に人形で

ただ母が話しかけて友達になった気でいるだけではないのかと思った。


そんな一見荒唐無稽な話だが。


この母なら、やりかねない。


何の疑いも無くそう確信した一騎。




「鞘はちゃんとした人間よ!失礼ね」


まだ心の中でしか考えていないことに拗ねた様に唇を尖らせる母。



「えっま、まだなんにも言ってないけど…」

「どうせ母さんのことだから人形と友達になったと思ってるとか考えたんでしょ?」

「なんで分かったんだ!?」

「あなたの顔を見てれば大体解るわ…一騎は単純なんだから」

「ご、ごめん」

「会話は人が人である証拠よ」



尤も私たちは人魚だけどね、と人差し指を口の前で立てた。



「じゃあ会えるといいな」

「そうね…でも鞘は皇女様だったから…今はあんまり外へ出てないかな?」

「皇女かよッ」



次々にびっくり事実が飛び出していたが、流石にこれには某芸人と化す程に驚いた。



「そうよ〜」

「じゃあ会えないじゃないか…」



さっきとは正反対の言葉を紡いだ。


「あら、それは解んないわよ?実際それでも母さんは友達になったんだし!もっと希望的に見ないと」

「あ、それもそうだな!うん、なんか会える気がしてきた!」



少しでも事実に値する事があればすぐに信じてしまう性格であった。



翌日城門の前に親子の姿があった。



「気をつけてね、一騎」

「ああ!じゃあ行ってくる」



前進しながら振り向いて、母に手を振った。



「どの辺に出ようかなぁ〜てかこの薬どのタイミングで飲めばいいんだろ」



説明など一切聞いていないため、本番直前に戸惑ってしまう。



「ん〜…ま、いっか。今飲んじゃえ」



海から顔だけ出して、薬を飲み込んだ。



「まッ…乙姫には悪いけど…やっぱ無いわ、コレ…」



ぺっぺっとはしたなくも舌を出して、気分だけでも吐き出した気になる。



「いつ変わるんだろ……」



ぼけーっと自分の身体を見つめるが変化は起きない。



「やっぱそんな簡単にはいかな…」



苦笑して諦めた瞬間、身体が沈んだ。

正確には、足が思うように動かなくなった。



「ってぅぉおーい!今かよッ」



一騎、今日も冷静にいっぱいいっぱい。




今まで付いていた尾ひれとはまるで感覚が違う。
一本の感覚で動かしていた物が二本に増えて、対処しきれない。


イコール、溺れるしかなくて。



「えっちょッ…ま、まじで!?人魚が溺れるとかどんだけだよ!あ、今は人か」



その間にもどんどん水を飲み込んで、身体は重くなる一方で。
ばしゃばしゃと幾ら水を掻き分けても、埒が明かない。



「こんなことなら陸に上がってから飲むんだった……グッバイ俺の人生…ごぼっ…結構よかったよな……」



死を目前にした者の外套句、思い出が走馬灯のように走っていると、一騎もどこか客観的に自分を見ていた。




「ああ、母さん最後まで親不孝でゴメンな…父さん…分かれの文句も言わないでゴメンな…」

「乙姫…薬ありがとな…でも俺にはちょっと使いこなせなかったみたい…ゴメンな…いっぱい可愛がってもらうんだぞ…」







「次に生まれてきても、みんなにあいたいな…」




























「みんな、許してくれるかな…?」























「ばいばい…」









ゴポ…












目の前は一面の海面。




海の中から見た海面。






晴天の日差しが差し込んで、今日も変わらず綺麗に水面が揺れていて。



まだ死にたくはない。






唐突に、そんなことを強く願った。




願ったときには、もう既に手が出ていた。
求めるように、ただひたすらに海から手を伸ばしていた。


無理とは解っても、諦めたく無かった。





すると頭上が影って




伸ばしていた手が、掴まれた。




「げふっ……ぁ…」

















朦朧とする意識の中、最後に見たのは透き通るようなハニーブロンドと、ヘイゼルだった。