羽の裂けた天使が立っている。


途方に暮れながら、街を眺める

瞬き出来ずに。











そんな馬鹿なと目を擦れば背中の一物は消えていて。





「…、……」



そいつは、目の前で何かを呟いていた。

丁度聴こえない位の小さな声で。



余りに夕陽が綺麗に差し込んでいたから。


あるわけないのに














天使に、見えたんだ。









「お前は…」

「!」



問いかけると同時に相手が勢い良く振り返った。



「お前…俺が見えるのか?」



大きな瞳を限界まで開き心底吃驚した顔で見つめてくるので、
何故かこっちが居心地が悪くなってしまった。



「当たり前だろ…それとも何だ、普通の人はお前が見えないのか?」



そんな窮屈感から逃げる様に軽くからかいながら返せば、突然目の前の男は悲しそうな顔をした。




「俺の姿は…見えちゃ、いけないんだ…」

「どういう意味だ?」



中々本質に触れないじれったさに少し強く問うた。












「俺は、死神なんだ」





















「…はぁ」









これはまた、いけないものと関わってしまったと意識が哂った。





























「…信じて…ないだろ」

「信じるも何も、そんなスーツ姿の死神があるか」



するときょとんとして自分の身体を見直した。



「こ、このかっこはおかしいのか?」

「いや、普通だが…死神がそんなリクルートスーツというのは可笑しいだろ」



思ったことを冷静に言えば、逆に問われてしまった。
仮にも魂を狩る仕事に、そんな俗世な格好は、最早騙すというレベルを超えていた。



「これが仕事着なんだけどな…あっ!」

「な、なんだ」



目に見える程にしょんぼりしてスーツの裾を引っ張ったりしていたが、突然思い出したように声を上げた。



「外套もあったんだ!」



嬉しそうに笑って足元に置いてあった年季の入った皮のトランクを抱き上げた。


トランク持ちのリクルート死神だけでも滑稽なのに



可笑しいのは、それだけではなかった。




「あれ…番号幾つだっけ…」



ちょっと待っててな、と言われ


そのまま無視して立ち去ってしまえばいいものを、総士は好奇心からか言われるままに待っていた。

未だ鍵番号を思い出せない死神(仮)を見つめること数分。

タタ、と足取り軽やかにどこからか黒猫が着地した。



「あっ先輩!ちょうど良かったぁ!番号って幾つでしたっけ」



何とも奇妙な事に、死神(仮)は黒猫に向かって話しかけたのだ。

しかも内容からして、猫の方が目上らしい。



「また忘れちゃったのか?しょうがないなぁ」



そして


何とも驚くべきことに、猫との会話が成立したのだ。




なんと有能な生き物だろうか。


いやいや、そんな暢気なことを言っている場合ではない。



しかし猫に番号を教わるとはなんと抜けた死神(仮)だろうか。



そんなことが頭を巡っていると、猫はト、と黒い鞄の上に背を伸ばすようにして


まるで腰を屈めた自称死神に囁く様にその耳元に口を寄せた。



その体制のままで、その死神はああ!と嬉しそうに笑った。



「まったく一騎は…もう忘れるなよ?」

「すいません…どうも苦手で…」



笑いながら猫の鼻筋を撫ぜた。


カチ、と小気味よい音で解除されたらしい鞄が開いた。


やはり不思議な人物の持ち物は不思議な物らしい。







中身は、空だった。