大体の人がサヴァンと言うが実際問題、俺はサヴァンとか神童とか天才とか…違いが解らない。
全部同じ括りだと思う。




取り敢えず、うちの学校にはそんな生徒が集まっている。




それぞれの分野は違えども、皆それぞれが秀でていて、いい子達ばかりだ。




もう暫く前のことになるけど、俺がこの学校に居た頃は今ほどの進学校ではなかった。




そりゃあ他の学校に比べればレベルは高い方だったと思うが、俺が卒業して数年で雲の上の学校になってしまったようだ。




実際、前も今もこの運動神経が買われて入れた様なものだから、悲しいけど俺なんかでは到底文学問を教えることは出来ないと思う。


や、それどころか逆に教えられる立場になりそうだな。うん。




そういう特殊な子達が集まるから、在校生徒数は少ない。



そしてそんな子達に教えられる程の教師もそんなに居るはずがなく。


皆一人で何教科かを掛け持ちしながらカリキュラムを立てている。





それは俺も例外ではなく、保健体育と少しばかり嗜んでいる家庭科を受け持った。


それと、こんな進学校で勉強の一つも教えられないのに採用して貰えたので、皆はその肩書きを認めてはくれないけど用務員的なこともやろうと思う。





草むしりや雑用は嫌いではないし第一、俺だけそんなじゃ申し訳ない。








そして実際働いてみれば結構いい職場で。


教職員の中では俺が一番生徒達と年が近いからか皆親しみやすい子達ばかりで、休み時間や放課後になれば俺の研究室(という名の寛ぎ部屋)に遊びに来てくれる。




純粋に遊びに来てくれるのは嬉しいが、そうではない生徒が一人いる。




もちろんそいつもサヴァン症候群。





なんと文系理系心理系体育会系、色んな学科があるなかで校内トップの頭の持ち主。
そういった中では珍しく、ほぼ全ての教科を網羅している。



それ+容姿端麗おまけに紳士的な態度で人気の方でもトップらしい。







そんな奴が最初に来たのは確か、俺が入ってから一、ニヶ月位経ってからだったと思う。






ここに来るのは初めての生徒で、今まで遊びに来ていた生徒とは明らかに種類が違った為



何か悩みがあるのかと聞けばそうだという。




という事は、取り敢えず来客用のソファーに座らせた方がいいだろう。



科が違うので、週に数度の俺の授業でしか関わりの無い一人だったが、主席ともなれば顔と名前位は知っているもので。



そして関わりが無いのは向こうも同じこと。そんな俺を頼ってきてくれたのに、無為に扱うことは出来なかった。






「おっお茶でも飲むか?」




自分の部屋なのになんで俺が緊張しているのだろうか。





「お気遣い無く」




微笑む顔は、男の俺が見てもやっぱりカッコいいものだと解る。





「遠慮はいらないよ。ここなんでもあるからさ…コーヒー紅茶お茶、どれがいい?」

「すいません…ではコーヒーをお願いします」

「了解ー」




完璧男は教養もいいらしい。


世の中は不公平だなぁとどこか他人事の様に呟きながら二人分のお茶を淹れる。






「お待たせ」



コトリ、と小さな音で彼の前に湯気立つカップを置く。



「ありがとうございます。…先生は紅茶ですか?」


明らかに煩わせてしまった、と顔に出ていた。


「いーんだよ、どうせこれティーバックだから」

「すいません。コーヒーは苦手なんですか?」


どうぞ、いただきますと挨拶して互いにカップを手にする。


「だってそれ…苦いだろ?だからこっちのがいい」


少しバツが悪そうに笑う。


ミルクと砂糖をダバダバ入れれば飲めるが、そんな糖尿病者予備軍養成ジュースは飲むなと回りから止められていた。



「君は皆城君だよな?」

「僕の名前、知ってるんですか」


パ、と顔を上げる。


そんなに驚くことかな…幾ら俺でも知ってるぞ。



「もちろんだよ。で、どうした?」

「…先生の授業と僕の専攻では重なることは少ないですよね」

「そうだな…俺は運動や手先の方だからな」

「たまにある先生の授業はいつも楽しみにしてました」

「あ、ありがとう」


そんなに家庭科とか好きなのかな。人は見かけに寄らずってほんとだな。



「…いや授業云々というよりは先生が目的だったんです」

「えっ俺間違ったこと教えてた!?」



だから今までの失態を指摘ついでに笑いに来たというのか。


「いえ、そうではなくて…何故そうなるんですか……ああ、もういいや」



ふぅ、と何故か溜息を吐かれた。




「どうやら先生は鈍い様なので単刀直入に言います」

「さっきから所々酷い本音が出てるぞ」

「僕は先生が好きです」

「ありがとう」

「…はぁ」





また溜息だよ、おい。
畜生、馬鹿にされてるのかな。

そして本音を訂正しない。いや、訂正したら本音ではなくなるのか。

難しいな、おい。





「意味、解ってます?」

「わ、解ってるよ!」

「likeではなくloveですよ?」







おー流暢な発音だなぁ



え、メイクではなくアゴですよ?あライクか。
































え。

























「すっ」

「そっちの好き。やっぱり解ってなかったんですね…告白です」

「ななな何言ってんだ皆城君」

「噛み過ぎです。そうですね、最初は一目惚れでした」



そう言って校内トップの皆城君はフリーズした俺を無視して何故か遠くを見る
ような熱い目で語り始めた。



なにこのジャイアニズム。


この子実は剛田って名前だったけ。






てかこの言ってる事が聞こえて来なかったらなぁ

イケメンが台無しだよ、全く




この内容で君の全てがおじゃんだよ。











「…ですから、あの時確信したんです」

「な、何を」

「僕の話聞いてました?」





10割聞いてませんでした。

なんて言えず。




「すいません…」

「あの調理実習の時、先生が僕の横に立った時です」

「はぁ…」

「もう、結婚するしかないと」

「…はぁ!?」



何を言ってるんだこの子は。天才はイカレてる奴ばっかだというがここまでか。




「あのエプロン姿…新妻みたいでとても良かったですよ。僕の為に選んでくれたんですよね」





また、にこりと微笑む。







なんだこの電波野郎。
ナニと天才は紙一重ってまさにこいつのことか。



大体よかったですよってなにがだよ。


それにあのエプロンは大学の頃から使ってるお気に入りなんだよ。
計算合わねぇよ。


もう、言葉にもならず呆然としているとまた電波が口を開いた。




「本当はこんな最初から言うはずではなかったんです」



多少上ずった声でそ、そう。としか出ない。



「きちんと順序段階を踏まえていくつもりだっだんですが…ただ、先生が余りにも鈍感だったのでつい感情が」

「俺の所為かよ」

「いえ、僕の自制心が及ばなかったんです。でも言ってしまったものは仕方ないですね。先生、」

「な、なんだよ」

「僕の下の名前も知ってますか?」







…2年A組皆城総士。

みなしろ、そうし



「総士?」



ぱぁ、と途端に表情が明るくなる。

ああ、これは可愛いかも。




「もう一度、呼んでくれませんか」

「皆城総士君」

「苗字と君はいりません」

「…総士」

「うん、これからはそれで呼んで下さいね」


満足気に鷹揚に頷く。



「や、生徒だし会ったばっかだし…」




なんか新妻とか意味不明な単語が出てきたし





何より電波だし。





「他の生徒でも既に名前で呼んでる子もいるでしょう」

「いる、けど…」

「僕だけダメなんですか?差別ですか」



全く以ってタチが悪い。




「解ったよ」

「ありがとうございます」

「てゆーかさ、前半の優等生キャラはどうしたんだよ」

「ああ、あれですか」



少し考えて思い出したように言った。



「ツクリです。第一印象は善いに越したことはないでしょう。
 それに先生が相手だと猫を被っているとまどろっこしいままで僕の持って行きたい話に進まないので止めました」




俺はその話を聞きたくはなかったけどね。

おかげで君のイメージガタ崩れだよ。


総士の総は総崩れの総なんじゃないかって位だね。




「で、先生の答えを聞かせてくれませんか?」

「えっ?」

「僕はきちんと思いを伝えたので……でもそうですね、こうしてきちんと会うのは今日が初めてなのにいきなりは応えられですよね」




こーゆうところは汲めるのか。
一応人としての常識は多少残ってるんだ。
ああ、よかった。本当に。



「そして見るにして、先生は今凄く驚かれてて僕の事を若干引いて見てますよね」



おお、こんな所で主席君の実力が見れるとは。
てか一般常識人からすれば誰が見ても解るよな。



「気付いてたのか」





俺はてっきり回りが見えなくなってるのかと思ったよ。






「…ではニヶ月、僕に時間を下さい」

「二ヶ月?」

「はい、今期の終業式までです。その間、出来るだけ先生の所へ通って…必ず先生を振り向かせます」

「凄い自信だな」





それだけすぱっと言われてしまうと、反論が出てこないから不思議だ。



ああ、ていうかその前に俺の意思は?



「まあ自信が無くても言い切れなくては、初めからこんな事言いに来たりしませんよ」




珍しく、不思議ちゃんが苦笑しながら立ち上がった。




「では今日は思っていた以上に進んだのでこの辺でお暇します」

「はぁ」

「また明日来ますね」

「別に来なくていいけど…」






とうとう最後まで、いっそ綺麗なまでに俺の意見は無いものとされたままだった。