「おい!おっさんが言ってた新しい教育係が来たぞ」



二人はオルガが言うように平然と好きなことをしていた。

クロトの手元にあるゲーム機からは気の抜ける音楽が流れて、丁度そのステージがゲームオーバーになったことを知らせた。



「はぁ?」


そして本当にめんどくさそうに顔をこっちに向けた。


「ってかお前ら呑気にサボってんなよ!今日だって言われてたろ?!」

「だーってめんどいじゃん。で、どこ?新しいやつは」


今度は楽しそうに聞いた。

その楽しそうな理由が解っているオルガは、眉根に皴を寄せながら無言で顎をしゃくった。


示された方に目を向ければ、糊のきいた真新しい制服の少女が立っていた。



「ヒュゥ!女じゃん」


いきなり口笛を吹かれて驚いている一騎にオルガがホラ、と催促した。



「あっ真壁一騎です!未熟だけどこれからよろしくな」


急いで自己紹介して、右手を出した。


「…?何?」



本当に意味が解らない、といった表情で一騎の手と顔を交互に見ていた。


「何って…握手だけど…」


口を開けたままこちらを見つめるクロトに、段々焦り始める一騎。


「え…オル…?」


宙には相変わらず誰にも握られない手が虚しくあって、困ったように隣のオルガに助けを求めようと見れば、彼も同じように驚いた顔をしていた。


「え?…ぁ、ごめん…?」


シャニのヘッドフォンから漏れている雑音…もとい音楽をBGMに、いたたまれなくなった一騎が謝った。

だが、自分は何も悪いことをしてないということに気付くと、少し体に力を入れ強気な行動に出た。


「手を出されたら、握り返すのが礼儀だろ?!」


そう言って、クロトの手を鷲掴みにして無理矢理握手させた。


「な…何、アンタ。僕達のこと知らねぇの?」


まだ信じられないといと顔に出たまま握っていない方の手で、不躾にも指差した。


「人のことを指さしちゃ駄目だからな」


と苦笑しながら更にその手を下ろさせた。


「で、何が?」

「僕らが何だか知ってんの?」

「当たり前だろ?データも貰ったし」


きょとんとしたまま不思議そうに答えた。


「じゃあ何で握手なんかすんだよ」








そうだ。今まで誰一人、自分達を造り上げた奴らだって触れようとはしなかったのだ。



恐れて。


汚がって。







人間扱いなんて、勿論されたことなくて。





誰もが近寄ろうともしなかった。



「だって…これから一緒にいる仲間だろ?」

「アンタ…僕らが恐くねぇの?」

「んー…最初は恐かったぞ?でもあんな人相の悪い写真じゃ誰だって…」

「じゃなくてっ!」


根本的に食い違っている。

そう気付いたクロトは一番会話能力の高いオルガにバトンタッチしようとアイコンタクトを送った。


「一騎、違う。顔の話じゃなくて…俺たちは強化人間なんだぞ?」

「?うん」

「うんって…」

「それがどうかしたのか?」

「どうもこうも…」




今までと180度違う接され方に、逆に戸惑ってしまった。



「だって、オルガ達は戦う為に強化された…苦しい副作用まで伴って。それのどこを恐がるんだ?
寧ろ感謝するべきだと思うけど…」


「…感、謝?」

「…もしかして誰かに何か言われたりしたのか?」












誰か、じゃなくてみんなだよ。




無言を肯定と取ったのか、一騎は怒り出した。



「誰のために限界を超えて辛いのを耐えて、頑張って戦ってると思ってるんだよ…!?」


手が白くなる程拳を握って、震えた。



「今度何か言われたら俺に言うんだぞ!?」


一発殴ってやる、と守護欲に燃える一騎に、まさかそいつらをタコ殴りにしてます、とは言えなくなってしまった三人であった。


「じゃあ、はい」


と再び差し出された手。

それにクロトはおずおずと自分も手をだした。



「改めてよろしくな!まずは俺が常識と礼儀をたっぷり教えてやるから」


それをしっかりと握り返して明るく冗談る一騎にクロトの顔が紅く染まった。


「はい、遅れたけどオルガもよろしく」

「あ、あぁ…」


ぎこちなく、握手した。



それは二人とも、記憶がある中で始めての行為だった。




「えと…アンドラス少尉?」


ゆっくりとシャニの眠るソファーに近づいた。


「…シャニでいい…何?」


近づいた気配に、むくりと顔を上げた。


「俺、一騎っていうんだ。よろしく」


差し出された手を横目で見、先ほどのやり取りを聞いていたシャニは、思い出した様にあぁと言ってさっさと握手してまた音楽に沈もうとした。





が。




先ほどまで音声だけを聞いていた為、初めて見る一騎の容姿に自分にしか解らない様に口端を吊り上げた。

可哀相に、気に入られてしまったのだ。



「そんな大きな音で聞いてたら耳が悪くなるぞ?」


そんなことは露とも知らず、一生懸命説得する一騎。


「別に…」

「別にって…「ぁあー!あと十五分で十二時じゃん!」」



クロトが叫んだ。


「早くいかないと定食が売り切れるしっ」


壁の時計を見て、お昼の心配をするクロトに一騎が笑った。


「何笑ってんの?」


少し恥ずかしそうに睨むクロトが一騎の目にはとても可愛く映った。


「一騎は飯、どうすんだ?」

「あー…考えてなかったな」

「じゃ、一緒に行こうぜ」


さも当然の様に誘うオルガにクロトが噛み付いた。


「一騎は僕と食べるんだよっ」


これには一騎自身も驚いた。


「はぁ?何時決まったよ、そんなの」


馬鹿にしたように見下すオルガに、またクロトが言い返す。

収集がつかなくなってしまった。


「みんなで食べればいいじゃないか」


クロトの言葉に嬉しくなりながらも、困ったようにまた笑った。


「ほら、シャニもおいで?」

「…いい」

「なんで?」

「混んでるとこ…うざぁーい…」

「……駄目だ。行くぞ」


半ば強引に腕を引っ張って立たせた。

その時、シャニは一騎には見えない角度で二人に勝ち誇ったように邪悪に笑った。





「!?」

「っな…!?」

「ん?どうしたんだ?」


何も見ていない一騎は様子のおかしい二人を心配した。


「いや、別に…」


どうやら、三人が三人、ライバルのようだった。