持ってきたものは本当にごく僅かで、少しの衣類と本やアルバムなど。

それらを並べるだけで部屋の荷物はお終い。


あとは自分の仕事場になる医務室を整理するだけである。

必要なファイル、自分で持ってきた資料など。こちらもすぐに終わってしまった。



「んー…ちょっと早かった、か?」


椅子に座って一息ついているとドアが開かれた。


「終わったか?」

「おー、丁度だよ」


笑いながら手招きして部屋に入れた。


「わざわざごめんな?疲れたろ…お茶でも飲むか?」

「あ?あぁ…」

「…」

「、どうした?」


簡易キッチンに立ったはいいが、黙ってしまった一騎に呼びかけた。


「オルガは…コーヒー、の方がいいか?」

「は?」

「俺…コーヒーとか飲めなくて…ほんとにお茶しかないんだけど…」


何だったら自販で買ってくる、と財布を捜す一騎を慌てて止めた。


「別にそんなにコーヒーが大好きってわけじゃねぇから」


お茶でいいと掴みかけている財布を戻させた。


「ごめんな…インスタントコーヒーも今度頼んどくから」


項垂れながらお湯を沸かす一騎に何故か罪悪感がわくオルガだった。


「そーいや軍医ってことはアンタ医者なのか?」

「んーハシクレみたいなもんだよ…」


急須にお湯を注ぎながら苦笑した。


「俺がいた島はさ、離島だったんだ。竜宮島って知ってるか?俺、そこの出身なんだ」


竜宮島オルガは何度かその島の名を聞いたことがあった。
その島は何かに隠れるように定所不定で、島の中で生産、運営を全て行っている孤島だと。

その島の人間は何らかの秀でた才能を持つものが多いと。


だったら一騎も?


「アンタもなんか…能力があるのか?」

「俺?うーん…幼馴染が言うには、身体能力が高いんだって…」


別に普通なんだけどな、とはにかみながら盆にティーセットを乗せてきた。


「へぇ、じゃぁ今度是非手合わせ願いたいな」


にやりと楽しそうに笑うオルガによしてくれ、とジェスチャーしてお茶を渡した。


「俺の友達は何も言わないのに、相手の考えてることや何があったっかってことが解っちゃう奴がいるんだ。凄いだろ?」

「…何者だ、そいつ?」


形のいい眉を顰めながら呟いた。


「人のちょっとした動作とかでそういうことが見抜けちゃうんだって」

「ふぅん…」


実際にそんなやつが近くにいたら嫌だ、とオルガは心の中で思った。


「宗教とかも開けちゃうって言われてたな…かと思えばロッククライミングが趣味だっていうし」

遠見、元気かな。

懐かしそうに囁く一騎が一瞬、どこか儚く見えて急いで話題を変えた。



「身体能力が高いのに軍医にもなれるのか?」

「あ、違う。島でたった一人の医者の先生がいて、結構世話になってたからその人の手伝いをよくしてたんだ…
だからちょっと身に付いただけ」

「へぇ…。アンタ、茶淹れるの巧いな」


カップに口付けて感心したように言った。


「はは、お茶なんてお湯入れるだけなんだから巧いも下手もないだろ」


そう言うものの、オルガの舌にはこれまで飲んだお茶の中で一番旨く感じられた。


「そろそろ行くか?」


一騎がカップを空にした頃、見計ったように言った。


「ん、ちょっと待って…」


二つのカップを流しに置いて小走りで来た。


「あー…なんか緊張する…」

「ま、うるさい奴が一人いるけどあんま本気にするなよ」

「うるさい?」


写真の二人のどちらだろう

一騎は少し考えて、気の短そうな少年の名を言った。


「…ブエル少尉?」

「あぁ。よく解ったな」


少し驚いたように笑った。


「なんか…あんま気が長そうじゃなかったから…あ、今の内緒な?!」


慌てて付け足した少女に多分なと曖昧に濁した。


「あいつはゲームオタクだから。もう一人はいつも音楽聴いてて人の話なんか聞いちゃいない」

「なんか…バラバラだな」

「俺らに纏まりがあったら気持ち悪いけどな」

「そうなのか?オルガは?」

「あ?」


一騎の方が身長が小さいため、自然に見下ろす形になった。

すると一騎は怯えた。


「い、いや…悪かった!なんでもない」

「あ゛ぁ?なんだよ」


いきなりどもる一騎に無理やり喋らそうとする。


「ほんと何でもないから…そんな怒らないでくれないか?」


極力目線を合わさずに頼んだ。


「は?別に怒ってねぇけど」

「ほんとに?」

「どこが怒ってんだよ?」

「……全部…?」

「あのな…。これが素なんだよ」




…素?

自然体?



「素?…それが?」

「ああ。悪いかよ」

「い、いや全く全然!」


心の中でオルガは気が短い分類にも入れられた。



「…そんなに恐く見えるかよ」


ぼそっと呟いた言葉を一騎は聞いた。


「いや…綺麗な顔立ちしてるから余計なんだと思う」

「はぁ?」

「ほら、美人ほど怒ると恐いって言うだろ?迫力が出るっていうか何て言うか…」

「美人…おい。男がそんなこと言われても嬉しくねぇよ」


どうやらこの呟きはドアの前で緊張している一騎には聞こえなかったようで、スルーされてしまった。

そんなことに軽く落ち込みながら、部屋のロックを開けた。