「一騎ー…薬ちょうだい」

「またか?この前一瓶渡したばっかだろ?」

「もうない」

「全部?」





無言で肯定するシャニに整理していたデータから顔を離しこっちに来い、と手招いた。


大人しく向かいのイスに座るシャニの顔を覗き込んだ。




「検査も何も引っ掛かってないんだけどなぁ…どこが痛むんだ?」

「この辺」



単語と一緒に胸付近に手を置いた。



うーん、と唸りながらちょっとごめんと顔に手を近づけた。

が、シャニが少し頭をずらした為に触れることはなかった。





「…何?」

「何って…それはこっちのセリフだ。下瞼の裏、見せて」

「右だけでいい」




真顔で左目を抑える少年が、なんだかとても可愛く思えた。





「いや、よくないから。…なんで嫌なんだ?」

「……気持ち悪いから…見ない方がいいよ」

「気持ち悪い?」

「だから、見ちゃ駄目」




そこまで頑なに隠されると、逆に何をしてでも見たくなるのが人間の性で。




「シャーニ、見せて?もしどこか悪いとこがあったら大変だろ?」




可愛いらしく小首を傾ける一騎に、どーぞと言ってしまいたくなるシャニであった。




「…だめ。」

「どうしても?…なら無理強いはしないけど…」





いつか見せてなと苦笑して頭を撫でて薬を取りに行こうとする一騎に抱き付いた。




「シャニ?薬取ってくるから…」

「…俺の目見たら…一騎も俺のこと、きっとキライになる」



でも同時に見て欲しいと思う自分もいて。

矛盾した行動に自分でも訳が解らなくて。




「嫌いになんてなるはずないだろ?どうしてそんなこと言うんだ」

「…みんな化け物って言う…一騎も逃げたくなる」




一段と強く抱き付く少年を両手で包んだ。




「ならないよ。シャニはシャニだろ?」

「…ほんと?」

「本当。でも無理するな?シャニが見せたいって思った時に見せてくれたら、俺は嬉しい」

「…一騎なら…いい」




ゆっくりと顔を上げるシャニと目が合った。




「本当にいいのか?」

「一騎は俺のこと、キライにならないんでしょ?」




だからいい。と真っ直ぐに見つめるシャニの、顔を覆う髪をどけた。

瞬間、見えたのは息を飲む程に綺麗なアメジストとシトリンのオッドアイ。







「…きれい…」

「…気持ち悪くない?」




袖を掴んだまま不安そうに見上げるその姿は元が端正な顔のシャニは、硝子の目をはめ込んだ美しい人形みたいで。




「シャニの目は綺麗」




同じ目線になる様にして微笑んだ。




「宝石みたいで、俺は好き」



だからせめて、俺の前では隠したりしなくていいよ。



そう囁いて瞼に口付けた。






そうしたら やっと、シャニが笑った。


その笑みに嬉しくなり、そうだ、と抱き付いた手を離させた。





「シャニが見せてくれたから、俺もな」




とおもむろに右目に触れた。

数秒後、その指先には透明な何かが乗っていた。

その視線を一騎の目に移せばそのめは双方違う色で。





「一騎の目…赤かったっけ?」




不思議そうに覗き込んだ。



「コンタクトで誤魔化してたんだ…シャニと一緒。シャニの方が綺麗だけど」




すると近づいて来て、鼻先がぶつかりそうな距離になった。




「こっちの色は…優しい色。こっちは綺麗な赤…俺、両方好き」

「ありがとう」

「…元から?」

「いや、元は両方左の色だった。後遺症ってやつ」

「コウイショウ?」




解らない、といった風に首を傾けた。




「俺の故郷でも…戦争があってさ。シャ二もガンダムに乗ってるだろ?俺もファフナーっていう似たようなものに乗ってたんだ」

「一騎も戦った?」

「ああ、人じゃないモノとな」

「人じゃないやつと戦争するの?」

「そう。フェストゥムっていって神様みたいにキラキラしたやつで。俺達は常にそいつらから逃げてた…見つかったら戦って」




そういえば昔、オルガに聞いたことがあった。
この世界のどこかに竜宮島というまるで何かから逃げるように移動している未確認の島があると。



その頃は興味がなかったので適当に聞き流していたことを酷く後悔した。




「なんで女の一騎が…それに乗るの」




不機嫌そうに聞いた。
竜宮島にも男はいたはずだ。




「俺が一番適正が高かったんだって。それなのに乗らない訳にはいかないだろ?」



そうしてまた、あの困った笑みを浮かべた。



「…怖くなかった?」

「最初は…怖かった。敵を倒してくことに慣れて、だんだん倒すことに安心していくんだ。綺麗なものを壊すことを気分がいいって思ってる自分もいて…」

「…」

「やらなきゃやられるからやってるだけなのに…俺の知らない人が俺に感謝してるって…凄い怖いんだ」


「やらなきゃ…やられる」

「でも、守りたい人達を、俺はこの手で守ることができるんだって解ったら…怖くなくなった」





真剣に聞くシャニに、ふと我に返った。




「とりあえず、そのファフナーに乗ってると同化現象っていって…自分じゃなくなっていくんだ」

「…平気なの?ちゃんと…見える?」


「ああ。四年前に全部終わった。視力も麻痺も治った…色が戻らないだけ」

「イヤじゃないの」

「寧ろこのままでよかったって思ってるよ。色んなこと、忘れたくないから」




シャニとお揃いだしなーと明るく笑って、ようやくこの話の本来の目的を思い出した。




「そうだ、忘れてたけど下瞼、見るぞ?」



ぐ、とめくって異常がないかを見た。



「んー…何もないんはずなんだけどなぁ」

「…一騎…医者みたい」

「いや、医者だから」



シャニの素ボケに突っ込んだ。



「何すると痛くなるとかないのか?」

「んー…」



暫く悩んだ後、一騎、と言った。




「え、俺?」

「うん…一騎が笑ってると…俺も嬉しい…でも一騎が誰かと話してたり…悲しい顔してると、痛い」



なんで?と見上げてくるシャニを抱きしめた。




「貰った薬、いっぱい飲んだけど、治らないんだ」

「はは、当たり前だろ…シャニは可愛いな」


「…?」



意味が解らないまま、ただ抱きしめられていた。一騎の胸は温くて好きだから。




「まさかシャニが告白してくれるとは」

「え、俺してない…」




確かに一騎のことは好きだが、自分はまだ言った覚えはない。




「え、無自覚ですかコノヤロー。俺が他の人と話してるの、嫌なんだろ?」



ニコニコしながら頭を撫でる一騎に、素直に頷いた。




「一騎…よくクロトの頭撫でる」

「うん」

「でも、俺だけ撫でてほしい…と思う」

「…うん」

「オルガにも本、読んでる…」

「ああ」

「…俺にも…読んで?」

「もちろん!ああ、本当可愛いな!」




たどたどしく喋るシャニが本当に愛しくて。


外で黒さを撒き散らしている姿を知らない一騎は幸せなのかどうなのか。




シャニの本心を聞いて、後日児童向けの絵本を(ツケで)大量に注文する一騎の姿があった。
































《 せめて、俺の腕の中では笑ってて