「ッ…」

「ぁ…そ、ごめっ…」



慣れないその行為に

無意識下の防衛本能で相手の、総士の唇を噛んでしまった。

その傷口からは、美しくも鮮血が滴っていた。




「一騎…おとなしく、できるよね?」



滲む血もそのままに、静かに、少しの怒りを含めた拒否を許さない言い方だった。




「……ぅ…は…、い…」

「…いい子」



優雅に微笑み、流れるような動作でまた近づいた。

瞬間、一騎は反射的に体がびくついてしまう。



「そんなに怯えないでよ。何もひっぱたくワケじゃないんだから」



なんて優しく笑う悪魔だろうか。
何者をもを魅了するその微笑で動けなくさせて。



「やっ…こっち、こな、いで…」



目には涙を溜め、怯えた表情で見上げた。



「ダーメ。ほら、捕まえた」



軽く腕を引っ張ってから肩を押せば、容易くその体は白いシーツに沈んで。


ギ、とベッド特有の軋む音だけが無機質名空間にやけに響いた。




「昔一騎はこの目の代わりになってくれるって、言ったよね?」

「言った…」




本来の機能を果たさなくなった左目を要らないと。




役に立たないと憂鬱そうに、余りにつまらなそうに言うから。

なんでもする、と事実上の契約関係となったのだ。



「じゃあ目、閉じて」



言われた通り目を瞑った。その唇はきゅ、ときつく締められていて微かに震えていた。


目蓋に何かが触れて、はっと目を開けた。


瞬間、彼の赤い舌が、ちらりと見えた。


目尻に溜まった涙を、舐めたのだ。



「そ、う?」

「前に一騎の眼球舐めたら、一週間も充血しっぱなしだったからね」




自粛したんだ


まるで何も無かったかの様に明るく云った。



「意外に弱いんだな」

「…?」















怖い?




僕が
















何で?























一騎が何処まで覚えてて

何処からその記憶を消したのか






何時までも真実に気付かないお前が、愚かしい程に愛しいよ。





例え恐怖からでも、自分に従う一騎。


そんな間違った関係でも、何も持たない総士には宝物の様に思えた。






その間違いだらけの自分達を、少し高めから滑稽だと見下ろして哂っている自分が居た。





さながら芝居か喜劇でも見ている様な。














そして、その現状に満足している自分も。








全てが面白くて


全てが下らなくて


全てが詰らなくて


全てがどうでも良くて






猫の様に目を細めて口元を歪めた。

















「…ねぇ、そんなの如何でも良い程 今、君を愛しているよ」










今世紀最高の愛をあげるから






どうか、僕から離れないでね。






















月が、嗤った。






























≪ 本当に離れられないのは、きっと僕の方。