「シャニ」



書類をまとめている一騎の部屋に勝手知ったる態度で入って来てベッドを占領している男に、一騎は痺れを切らした。



「…なに?」

「耳、悪くなる。せめて寝るときは外せ」

「なら、唄ってよ」

「は?」

「俺、音楽ないと…よく寝れない」




嘘ついてんじゃねーよ!

それなりに付き合いの長いあの二人がこの場にいたなら、こうツッコんだに違いない。




「…やだよ…俺うまくないし」

「…俺、音痴でも気にしない…」




真顔で顔の正面で手を振るシャニに、そうではないと告げる余裕はまだ一騎にはなかった。




「ハイ、どーぞ」




滅多にというか一騎以外は絶対に見れないであろう笑顔のシャニが、そこにいた。




「いや、どーぞって言われても…」

「…」




なかなか歌おうとしない一騎に、シャニは再び無言でヘッドフォンを装着しようとした。
さっきまで聴いていた、お馴染みのデスメタルを響かせながら。




「わっ、ちょ、待て、っ解ったからっ」



慌てふためく勢いでつい口から滑ったセリフに、シャニはまた嬉しそうに笑いベッドの傍らに立っている一騎の腕を引っ張った。




「うわっ?!」



その反動でベッドに沈む一騎をハイハイと座らせてその膝の上にポフ、と頭を乗せた。




「し、シャニ〜?」

「一騎の膝…柔らかい…」



気持ちいい、と満足気に目をつむる猫の様なその姿に怒鳴る気など起こるはずもなく。



「…どんなのがいいんだ?」



諦めたように囁いた。




「ん〜…歌ってくれるなら、なんでもいい」

「えー…」




暫くシャニのふわふわの髪を抄きながら考えた後、静かに歌い出した。








それは、歌詞はなく。







心を撫でる様な声とリズムで。






どこか懐かしいような







眠らない幼子をあやす様な、子守唄。






そんな、唄。






「…俺、他の女の声嫌い…でも一騎の声、好き」

「…それはよかった。ありがとう」




不意にシャニがあお向けになった為、普段は隠れている綺麗に整った顔が露わになった。


同時に、美しいオッドアイも。





「やっぱ…綺麗だな」




軽く瞼に触れた。




「…俺は一騎の目のが好き」




すると彼女は困った様に微笑んだ。




「シャニ?寝ないのか?」




でも、相変わらずその手は頭を撫でたままで。




「全然音痴じゃないじゃん。さっきの、何の歌?歌詞はないの?」





始めから質問に答える気もないのか、一騎を見つめたまま手を伸ばした。




「歌詞はあるよ。…これは俺の島の女神さまが歌ってたんだ」



その手を握って、空いた手でそっと額に触れた。



「メガミサマ?」

「そう、女神様。まだ十歳ちょっとなのに島の全てを共有してた…痛みも、悲しみも。誰にでも平等で、優しくて。神様みたいな存在だった」

「いなくなったの?」




全てを理解することは出来ないが、痛そうな表情を浮かべる一騎に何となく聞いた。




「いや…ちゃんといるよ…姿は見えないけど、お母さんみたいに島を包んで、みんなを守ってくれてる」

「…一騎もお母さんみたい」

「は?俺?」




突然返された答えに戸惑う一騎に、シャニは緩やかに頷いた。



「俺のこと、撫でてくれる」



今みたいにと口の中で呟いて繋がれた手を放して腰に抱き付いた。



「俺だけじゃなくて、クロトやオルガのことも。一騎は大事にしてくれる」

「そんなの…当たり前だろ…」


「…初めて嬉しいってこーゆうことなのかなって、思った」






ああ、どうしてこんなにも真っ白なの。



殺すことに長けて


失くすことに慣れて






でも心は純粋なままで。





「そっか…じゃあこれからは俺がそーゆうこと、いっぱい教えてあげる」



すると嬉しそうに笑って




「今度は歌詞つけて歌って。それだけじゃなくて、他のもいっぱい…一騎が知ってるの、全部」

「シャニが聴き飽きるまで歌ってやるよ」




するとシャニは満足そうに微笑った。



「シャニ?もう眠いんだろ?」


「…眠くない」

「我慢するな…目が覚めたらまた歌ってやるから」

「絶対?」

「絶対。」

「…じゃあ…寝る。でもすぐ起きる」

「うん、待ってる…おやすみ、シャニ」




何度か額を撫でればその少年は眠りについた。




片手は一騎のスカートを掴んだまま。




「大好きだよ、シャニ」








「俺も、守るから」
































《 おやすみ 次に目が覚めても傍にいるから。