文字通り寝たきりになってしまった彼は三日に一度起きれば良い方で、その活動時間も随分と疎らになってしまった。






おまけに思考、身体能力の著しい低下。


精神の安定さえ、危ぶまれていた。









朽ちていく心と体。







誰よりも運動神経の優れていた彼の面影は、もうどこにもない。






























「いつかぜんぶ、わすれる」

「それが怖い?」





二日ぶりに目覚めた一騎の髪を優しく撫でて憂いた。






「こわいけど…きっとしあわせ」






すると彼は無邪気に微笑んだ。







「…そうか…」

「おまえのことわすれるの、おれ、さいごがいいな」

「僕からも頼む」








忘れられてからも一緒にいるというのは、多分…否確実に今以上に一騎を壊してしまう事だろうから。




出来るだけ、僕の順番は後回しにしてほしい。









「そーし、そぉし」

「なんだ?」

「さわる」




小さな手が手招く。




「ほら」





その手を己の顔へと導く。






「…あったかい、」

「生きてるからな」

「くち、こえがでる。おれのすきなおと」

「うん」

「はな…め、きれいな色」

「…あぁ」





顔に手を添えたまま親指で顔のパーツをなぞっていた親指が、左目を捕らえた。








「きず」















今度は無表情で呟いた。








「きず…きれいなかお、いたい、……おれが、つけた」



何度も何度も、その指が傷をなぞる。



「そーしのめ、うばった」

「でもお陰で僕は僕になった。ここに居ていいという理由の確証だ」





本当はお礼を言いたい位なのに。













なのに。









一騎は、頭を振った。







「ひかり…ない、おれのせい。みえない。くらい…さむい…さみしい…?」

「まさか。一騎に感謝こそすれどそんな気持ちはないよ」





諭しても、聞いているのかいないのかはたまた理解しているのか否か直ぐさま彼は続けた。






「ごめん、でもおれ、うれしい……わるいことしたけど…これで、そーしは、おれを、わすれない」





相変わらず僕の頬を撫でながら、下から見上げ微笑んだ。




人間とは人として生きる為に必要な機能が殆ど停止して尚、こんな妖艶な表情が出来るものなのか。







「忘れるわけないだろ。僕の頭も体も心も、こんなにも一騎でいっぱいなのに」

「おれ、よくばりだから、もっとがいい」

「これ以上?狂ってしまうよ。一騎は責任を取ってくれるの?」

「とるから…ねぇ、もっとおれだけにして?」





僕を仰向けに押し倒す様にゆっくりと馬乗りになる。




後ろには、壁。













「そんな誘い方、どこで覚えた?」






自分の口端が釣り上がるのが解っていても抑えられない。




ほら、一騎はちゃんと覚えているではないか。



抜け殻になってしまった今でも、僕を満たす方法を。








「…おいで」






壁に背もたれたまま一騎の腰に手を回せば、慣れた程よい重みがのしかかる。





「そーし、」


額へ傷へと羽根の様な口付けが降る。





優しいそれは、始まりの合図。






「一騎…」



お前の為ならこんな目玉一つ、安い物だよ。


この左目で縛れるなら、もっと早くに気付けばよかった。






ねぇ、そんな欲に塗れた感情の結果を植え付けた僕を





お前はどう思うかな。







詰まるところ、僕はあの頃から少しも成長していないのかもしれない。







真正面に相手を捕らえながらも、心のどこかでそんな灰暗いことを考える。







薄く開いた唇を今度は僕がなぞれば、赤い舌がそれを出迎える。


誘われるがままに指を咥内へと進める。


そのまま中でゆっくりと暴れさせれば



飲みきれず溢れだす唾液が顎を伝い、僕の服に染みを作った。



それは熱を孕んでいて。




一生懸命に指に絡んでくる多少短めな舌の稚拙な動きと相反していて、


何故かとても煽情的で。







背徳感と情欲は一層増長し















僕等は夜に沈む。








僕はいつから色情倒錯者になったのだろうか。






















《 傷口にはただ口付けを。 》